どうも。
急遽盛岡に向かう用事ができてしまい、そのついでの盛岡フォーラムの映画館で竜とそばかすの姫を観賞した野川太郎です。
今日はこの作品の考察をしてみます。
※ネタバレを挟むので注意が必要です。
この映画は押井守による、寄せ集めネタミックス作品
この映画を成分的に説明するなこうです。
タイムリープしない時をかける少女
+ OZ空間でウォーズしないサマーウォーズ
+ 美女と野獣のアニメ版
+ マクロス理論(歌ですべて解決できる世界)
この映画は学園生活(現実)と仮想空間での2重生活を描いています。
学園生活の描き方は時をかける少女に近く、バーチャル空間はまさにサマーウォーズ
そして、バーチャル空間に現れる謎の野獣。彼との交流シーンはまさに美女と野獣と言った感じ。
主人公が歌唱力を武器に歌で何かと解決しようとする行動方針はアニメのマクロス
この作品は、まさに良い所取りの寄せ集め映画と言ってもいいでしょう。
ですが、寄せ集め映画だから=つまらない、わけではありません。
音楽に共感できるかどうかで評価が分かれる!
この映画は正直、音楽に激しく依存した作品であると評価しています。
主人公がバーチャル空間で歌う曲にハマった人は楽しめるようになっている映画です。
逆に言えば、その曲に対しあまりツボではない視聴者にとっては退屈だったのではないかと考察できます。
この作品は主人公が発する曲と映像美に大きく面白さに依存しています。
ミュージカル作品ではないですが、曲がかなりしつこいです。
【いい曲が流れているんだから感動しろ!】と押しつけがましい所があります。
ここぞとばかりに曲に依存する映画であることは間違いありません。
主人公に共感できるかどうかで評価が分かれる?
主人公は過去のトラウマから現実世界で歌を歌うことができません。
また、家でも父親とうまくいかず、学校でもスクールカースト底辺層の陰キャ設定です。
つまり、負け組ということです。
これだけ聞けば、主人公としてむしろ共感できるところですが、私はある問題に気づきました。
主人公は本当に負け組なのだろうか?ということです。
主人公はバーチャル空間に向かえば、歌うことができ、スーザンボイル並みの影響力でバーチャル空間ではまさに勝ち組。
しかも、頭脳明晰の親友や主人公を理解している合唱会のご婦人たち。
彼女は負け組としての現実世界と勝ち組のバーチャル空間の2重生活を送っているという設定。
ですが、どうみても勝ち組なのです!
圧倒的な歌唱力(才能)と友人等に恵まれています。父親とうまくいっていない描写も動機が非常に弱くただの演出。父親はとてもいいひとなので、主人公が勝手に距離を置いているだけ。
本当の負け組とは、才能にも環境にの恵まれない人のことです。
主人公の曲げ組演出がとてもわざとらしいとも言えます。
ここで、視聴者の意見が分かれたのではないでしょうか?
この主人公に憧れる人は楽しめ、うざったいと思った人はまったく共感できない。
ここは視聴者自身が決めることなので、私には是非を問うことはしません。
ストーリーの落としどころが非常に弱い!
例えば、サマーウォーズは世界を救いました。君の名はでも人々を救うこと。ストーリーの落としどころをどうするかで映画の質は決まります。
ここからの話は完全なネタバレになるのでお気をつけください!
主人公はバーチャル空間で竜とよばれるファイターと出会います。
その竜は相手のアカウントを破壊するレベルまでの戦闘能力を有しており、バーチャル空間では問題視されていました。
主人公はそんな竜を精神的に救おうと奮闘し、その正体まで突き止めることに成功。
その正体は父親から虐待を受けていることが判明。
それを知った主人公が遠い都会へと一人で向かい、竜である少年を救うことがストーリーの落としどころでした。
私はその落としどころに違和感と弱さを感じました。
バーチャル空間を通して現実世界に立ち向かう勇気を得たヒロインを演出したかったことは理解できます。
けれど、虐待は警察の仕事であり、ヒロインが一人で向かうことがかなり無理があります。
演出的には一人で立ち向かうヒロイン素敵!としたかったのでしょう。
そこで感動する人と、矛盾や無理に気づいて非難する視聴者も多かったと思います。
賛否両論になるに決まっています。
また、虐待が落としどころとして弱いと理由があります。
虐待は深刻な社会的な問題です。それを映画に持ち込むことは否定するつもりはありません。
ですが、虐待を一つの落ちとするならそれなりの伏線が必要だと私は考えます。
竜と呼ばれるアバターには虐待をされている伏線は確かにありました。
ですが、それだけなのです。
ここで、ヒロインが父親に虐待されてるという演出があれば納得できる物語になったと思います。
けれど、序盤から中盤にかけてのストーリーや世界観からいきなり虐待というシリアスな展開には正直無理があると考察します。
演出が下手と言ってもいいでしょう。
虐待と言う闇深いゴールを目指すならそれを最初から匂わせる伏線づくりが欠かせませんでしたが、今作はそれが甘かったと考えます。
インターネット・匿名に対する警鐘としてのゴールを目指すべき
ヒロインは現実世界と仮想世界の両方でSNS上の繋がりの理不尽さに直面します。
現実世界ではLINEでの噂話の拡散、仮想世界では竜を救うため自身の姿をあらわにするかどうかの問題に直面します。
匿名すなわち姿なきエゴたちがSNSや仮想空間にいること。
このテーマに触れている時のシーンはとても興味深いものがありました。
そのゴールが虐待に来てしまったことに私は疑問を持っています。
急な方向転換といった違和感があり、意表を突いた演出ではありません!
私は匿名というテーマで進んでいたストーリーに対する一つの解答を提示してほしかった。
けれど、制作側はそれを避けてしまったこと。話を虐待の方向へ逃げとして使ったことは評価することはできません。
※うまい演出でもなんでもないのです。
ラスボスは誰?
この作品の問題点は、誰が悪役なのか? 役回りが本当にはっきりしない作りとなっています。
バーチャル空間で暴れる竜なのか? それを行き過ぎた正義を実行するアバターたちなのか?
それとも、バーチャル空間とはまったく関係のない虐待を繰り返していた竜の父親なのか?
現実世界でもそれははっきりしません。気づけば全員味方だったという落ちです。
この映画は色々なテーマをまぜこぜにしているために、そのような結果になりました。
複数のテーマ(匿名・虐待・主人公のトラウマ)を入り混じった結果、話に一貫性が無くなってしまいこのような結果になったと考察できます。
テーマを一本に絞り、一貫性の話にするべきだったと個人的には思います。
声優を担当した俳優たちのミスマッチ問題
この作品で特にひどいのは主人公の幼馴染のイケメン君と主人公の父親役の声です。
どちらも有名俳優の方が演じています。
けれど、キャラクターと声が本当に合わないのです。
彼ら俳優陣が下手なのではなく、キャラクターとの年齢層が合っていないのです。
どちらの声も、キャラクターの年齢層に全くあっていないことが原因です。
イケメンキャラの声も10代には聞こえないですし、お父さんキャラは年齢のわりに声がおじいちゃんすぎます。
私は俳優がアニメの吹き替えをすることは否定しませんが、基本的に全員下手です。
否定はしませんが、肯定することもできません。
下手だけど味がある、現実味があるなら肯定します。
けれど、今作はそもそも年齢層がキャラクターとミスマッチなので台無し感が半端ありません。
個人的に一番残念だったと思うこと!
この映画で、私が一番残念だったと思うことがあります。
主人公の母親が助けた少女が回想シーンでしか登場しないことでした。
その少女を母親が助けようとしなければ、主人公には違った未来がありました。
それを壊す要因となったその少女を学生として登場させることができれば、話がもっと盛り上がったと思います。
例えば、主人公の親友が実はその少女だったとか、野獣の正体がその少女だったとか、学校のマドンナが実はその時の少女だったとか。
それだけで話は大きく膨らむものを、監督はその演出はしませんでした。
私は映画を観賞していたときに、その演出が来る!と期待していたのですが、ありませんでした。
落ちの作り方を誤ったと個人的には思います。
もし、私が脚本家だったら(超妄想)
私だったら、テーマをSNS上の匿名の問題に絞り、行き過ぎた正義を仮想空間で行っていたアバターたちをラスボスにします。
そして、行き過ぎた正義がどれだけ悪なのかを落ちとして持っていくような作りをするのではないでしょうか(超妄想)
総括
私は映画考察として今作の問題点を挙げていきましたが、実を言えば私はこの映画をかなり楽しんでしまいました。
ストーリーの作り方には難ありですが、基本的に流れる曲は私のツボをついており、また映像が本当にきれいで感動しました。
私は多くの映画を見てきたため、ストーリーが多少問題があっても映像や曲がよければ結構楽しめるタイプの人間なのです。
しかし、客観的に考察すれば今作は問題点の多々あります。
だからこそ、このブログを閲覧した方々には今作の視聴を強く勧めます。
映像や音楽は基本的には一級品であり、粗探しをしようとせず純粋な美術作品として鑑賞するだけの価値のある映画であると私は考えます。
今日の映画考察は以上です。
ご視聴ありがとうございました。
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